50代早期退職者tudanumax の日記

50代で早期退職しようと考えた理由、心境など

哲学上の難問(人間に自由意志があるか)を考える

 

 

 

先日カルチャーセンターで行われた哲学書の輪読会の中で、講師が話題にした哲学上の難問がずっと心に引っかかっている。

 

それは、「人間には自由意志があるか」という問い。

 

直感的には当然あるという答えになる。我々は自分の意志で物事を判断していると考えるのが素直だからだ。

 

しかし、我々は結果から自由意志があると思い込んでいるのではないか。

すなわち、自分が自発的に何かをしたと思えるのは、単にその原因を意識できていないからではないかという疑問が生じる。

 

確かに人間は常に外部からの影響と刺激の中で生活しているのだから、そう言われるとそんな気もしてくる。

 

 

しかし、私が大学で学んだ法律学の世界では、人間には自由意志があることを前提にその法的責任、すなわち、損害賠償責任を負うとする民事責任と刑事罰を受けるという刑事責任を定めている。人間の自由意志を否定することはこの法律学の前提が崩れかねない。

 

まず、動かない事実として、我々は意志の存在を意識していることは認めて良いのではないか。なお、私の理解では、ここでいう意志とは、なんらかの判断ないし行動を取ろうとする心の働きをいう。このような内心の働き自体があることはさすがに認めて良いと思う(但し意志の存在を否定する考えもあるらしい。)デカルトも「我思う故に我あり」との有名なコギト命題を、動かし難い真理として哲学を構成しており、我思うという意志の存在を前提にしている。

 

問題は自由意志があるかどうかである。私は、ここでいう自由意志を100%自発的な意志と考えると、先程の理由でそのような意志は否定されると思う。しかし、人間には素質、周囲の環境や影響に左右されつつも自発的に考えて判断する作用自体は残されているのではないか。100%ではなくても例えば90%自らの判断で行為していることまで否定されないと思う。これを自由というかは意見が別れるかもしれないが、この限度で意志の存在が認められれば、法律学の法的責任の前提とすることもできる。

 

2週間後にある今度の講義で講師に意見を聞いて見ようと思う。

 

 

 

 

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