50代早期退職者tudanumax の日記

50代で早期退職しようと考えた理由、心境など

激務の代償

今日は、眼科を受診した。8年前から緑内障を患って通院している。仕事との関係でいえば、長時間パソコンを使用してきた影響が否定できない。

 

これまでのブログにも書いた通り、5年前にうつ病を発症して休職し、今も心療内科に通院している。

 

また、休職直前がそうであったように、疲れがたまると歯の痛みが出るようになっていた。痛みがひどくなり、歯科へ行くと、以前治療した歯にひびが入っており抜歯することに。その後のインプラント治療や、歯周病治療で2年近く治療を余儀なくされた。

 

さらに、復職後、今の職場へ異動することになったが、精神的に不安定になった影響もあり、帯状疱疹になった。その後遺症で約1年ペインクリニックに通院を余儀なくされた。

 

最近では、デスクワークが影響したのか、何度も50肩になり、整形外科に通院した。

 

振り返ると満身創痍で仕事を続けてきた。とりわけ50代からは、病院に行くことが当たり前になっていた。激務の代償として健康が蝕まれつつあった。

 

父が仕事のストレスから胃がんになり、最後は主治医に「もっと生きたい、先生助けて。」と言いながら亡くなった姿を見ていなかったら、自分もまだ頑張れるなどと言って無理をしていただろう。父が経験出来なかったリタイア生活を父の分まで生きていきたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

働かないの 4月以降のリタイア生活

普段あまり小説を読むことがないのだが、「働かないの」という題名に惹かれて文庫本を購入した。

40代で有名広告代理店を早期退職した女性が主人公で、れんげ荘という古いアパートで、月10万円でのリタイア生活を描いたもの。

 

何をもって幸せだというかを考えさせられる物語だ。

人と比較して常に不安やいらだった気持ちで人生を生きる主人公の母に対し、れんげ荘の個性的で心豊かな人達に囲まれて、ささやかな幸せを求める主人公の生き方が対照的に描かれている。

 

「普通に暮らしていれば、嫌なことなどひとつもない。なのに他人と比較して気になる問題を作り出していたに過ぎない。」という一節は、思い当たる節がある。

 

4月以降のリタイア生活においては、誰かと比較して自分で疲れるのはやめよう。ささやかな幸せを大切に、平凡を生きていきたい。

 

 

 

 

 

期待に応えることが出来なかった

早期退職することについて、今後周囲にどのようにして報告していくか考えていると、以前休職した際に多くの先輩、同僚から励まされたことを思い出した。

 

5年前にうつ病になり、休職したことに伴い職場が変わり、引っ越すことになった。引越しの挨拶状を出したところ、先輩、同僚、同期などから20通以上の励ましのハガキや手紙をいただいた。引っ込み思案で友人が少ないと自覚していたのに、予想しなかった嬉しい出来事だった。

 

このような人達の支えもあって復職することができたが、この3月で退職することになる。改めて自分は、周囲の期待に応えることが出来なかったのだと、いたたまれない気持ちになった。

自分をことさら責めるのはうつ病の影響かも知れない。しかし、どのように自己正当化しても、期待を裏切った事実は否定できない。そのことを背負って生きていくしかないと思った。

 

 

 

 

 

 

 

コートを着ながら休日勤務

休日でいつもより遅く起き、ゆっくりしながらコーヒーを飲んでいたら携帯が鳴り出した。

嫌な予感がしたら、やはり職場の当直からの電話。

当直のマニュアルに○○さんに指示を仰ぐと書いてありますので電話しましたなどと言われ、有無を言わせずに、出勤を求められた。

休日出勤するのが当たり前のような事務的な対応に、かなりイラッとした。言い方一つで相手の気持ちも変わるのに、、。

 

外は雪がちらつき、風も強く、寒さが身に染みた。

ようやく職場に到着したが、休日なので、暖房はない部屋で仕事をすることになる(ちなみに電話してきた当直の職員のいる当直室は冷暖房完備)。隙間風が入る部屋で、コートを着ながら約2時間仕事をした。

管理職には職場に繋がらない自由はない。でも後2ヶ月でこのような職場環境から離脱することができる。

 

 

早期退職の公表

 

 

今日、一緒にチームを組んでいる同僚に3月末で早期退職することを伝えた。

 

気を遣わせてしまうことになるかもしれないので、しばらく伝えずにいることも考えたが、いずれわかることだし、隠し事をしているような気持ちで仕事を続けたくないと思った。

 

伝え方は、退職理由が体調が良くなく、仕事を続けるのが難しいこと、3月末まできちんと仕事をして次に引き継ぎたいので協力して欲しいというもの。体調不良の詳しい内容(うつ病のことなど)は触れなかった。

 

同僚の反応は、無表情でよくわからなかったが、少しびっくりしているようだった。その後も普通に接してくれたのは助かった。

 

今後も早期退職することについては、基本的には隠し立てはせずに公表していこうと思う。

 

 心境の変化

今日は、出勤してすぐに昨日のメールにあった退職願を人事課に提出した。

とたんに、張りつめた糸が切れた感覚があった。急にどっと疲れを感じた。

この状態で後2か月務めるのは、結構大変かも知れない。

しかし、ここで仕事の手を抜くのは、自分の美学に反する。

名人にもなった将棋の米長先生が、直接関係ない消化試合こそ全力尽くすと言っていたことを思い出した。

今、自分の人間力が試されている。誠実に仕事に取り組もうと改めて決意した。

 

 

 

 

早期退職の承認

ようやく早期退職の承認が下りた。

人事の担当者から、承認書に加え,退職願の書式と提出を求める事務的なメールで、あっけないものだった。承認書も定型的な書式に退職すべき期日として3月31日と記載された簡単なもの。

 

これまでの勤務を労わるような文言も当然なく、突き放すような対応にも感じた。

 

いくらでも変わりはいるだろうし、辞める人間に用はないというのが、現実だろう。

 

いずれにしても、これで新しいスタートを切れる。これからは、職業人としてのプライドを保ちつつ円滑に仕事を引き継ぐと共に、職場との関係については、ある程度ドライな対応をしていこうと思う。